ハルヒ劇場冬コミ編



みくる「わあ、あれが東京タワー
なんですねー! すごいすごい!」
ハルヒ「今に見てなさい。
いつか東京タワーのてっぺんに
我がSOS団団旗を掲げてみせるわ」

 ……朝比奈さんは新幹線でも無邪気に感動してたことは言うまでもない。完全にお昇りさんだ。
それとハルヒよ、俺は団旗なんて見たことがないのだが。
長門はその間脇目もふらず、カタログチェックに余念が無い。
長門がずっと抱え込んでいる電話帳のごとく分厚い本はコミケのカタログなのだそうだ。これ一冊ですごい荷物だよな。
三日で三万五千サークル? 動員数四十万人!?
凄まじいの一言だ。俺には現場の状況など全く想像もつかないのだが……

「あたしの行った球場の比じゃないわね」

 ハルヒがぼつりとつぶやいたのを俺は聞いていた。
年の瀬でみんな大掃除に忙しく走り回っているこの時期に、こんな怪しい女どもを引率する俺。
修学旅行の先生たちはこんなに大変だったんだな。
長門「ここ」
ハルヒ「やっと着いたわね。こんにちわー、ってあら? あなたカナダに行ったんじゃなかったっけ?」
朝倉「いらっしゃーい。さぁさぁ上がって。丁度おでんが出来たところなのよ」
キョン「ちょ、おまっ」

 あー、しばらくお待ちください。
 おい朝倉。待て、やめろって!

 ところで、何か耳やら三角巾やらついているのは狙っているのか?

朝倉「最近秋葉原の辺りでね、こういったのが流行っているんだって。せっかくのコミケじゃない?やっぱり楽しんだ方がいいと思うのよ」
 なんだろう。不思議とこいつは間違いなく本物の朝倉だという確信が湧いてきた。……何故と聞かれても困るが。
 そうすると、おみやげにあまり気を回す必要は無かったな。朝倉だと分かってたなら、メイプルシロップでも買ってやれば、話のネタにはなったのだろうが。

ハルヒ「何?メイプルシロップって」
キョン「あー戯言だ、気にするな」

第3話

おてんちゃん…?
ハルヒ「美味しいわー。やっぱり寒いときはおでんに限るわねー。カニが入ってないところがいいのよね」
朝倉「涼宮さんは相変わらずね。
ウチのおでんは牛すじ入り野菜スープ味よ」

 遠慮もなく食欲旺盛なハルヒをよそに、目の前に出されたおでんに食欲が沸かず、俺はどうしたものかと思案していた。
 だってそうだろう? 朝倉には今までにさんざんな目に合わされているからな。出された食事に警戒するのも当然だと思うが。
 何のネタが仕込まれてるかわからない闇鍋もどきだったりした日にゃ、中から怪しげな宇宙生物が出てきて吸盤で吸いつかれてぐるぐる巻きにされてしまうかもしれん。
 そんな俺の心配を知ってか知らずか、長門が箸をつけたのを見てよし大丈夫だと確信。食べ始めたら感じていた不安など、最近惑星指定を解除された冥王星の辺りまで飛んでいってしまい、ハルヒと長門に負けじとすっかりがっついてしまった。

みくる「とってもおいしかったですー。
あ、お片づけお手伝いしますね」
朝倉「助かるわぁ。それじゃ余った分はタッパに移してから冷凍しておいて下さいね」

 ところで、朝倉のアレはまた何かのコスプレなのか? まるで亀が頭を引っ込めているみたいだ。
 それになんだ? さっきから長門をちらちらと伺うような様子は。
 突然どこかからアーミーナイフを持ち出さないかと、不安感が持ち上がってくる。どうにもコイツにはナイフを振りかざすイメージが焼きついているからな……
 まぁでも長門はいつも通りの全く無表情だ。信頼しているぞ長門。コイツがこんなにも頼もしく思えるのは、数々の危機から俺を救ってくれた、宇宙最強の万能アンドロイドだからな、 まいったか。
キョン「そういえば、寝る場所ってどうすんだ?」
朝倉「そうねぇ……客間に涼宮さんと朝比奈さん、私の部屋に私と長門さん……」
キョン「あー、皆まで言うな。俺はリビングで毛布に包まってるよ」
朝倉「ごめんね。ところでそれとは別に、ちょっとお願いがあるんだけど(チキチキ☆)」
キョン「おいっ、その手に持ってるカッターはなんだっ。危ないからどっかやれっ、って言うか全然大丈夫じゃないだろ長門っ」
ハルヒ「何そんなに焦ってるのよ、
カッターぐらいで」
朝倉「別にこれで切りつけたりとかしないから安心して(ドン)。この紙の束を冊子にするのを手伝って欲しいだけだから(ドン)」
キョン「なんだこりゃ!」

 後から後から積まれていく紙の束……いったい何する気だ、おい。俺の寝床はこの紙束の上なのか?
 紙をまな板に見立て、まさしくその上の鯉のようにナイフでさばく朝倉を想像してしまい思いっきり首を振った。
長門「……コピー誌」
キョン「はい? こぴーし?」
長門「そう。印刷所に製本を依頼する方法ではなく、原稿をコピー機で印刷した後それを個人で製本した物。紙を折り、ページ番号にしたがって束ねた後にホッチキスで留めるのが一般的。通常の工程期間では間に合わない際に使われる手法。場合によっては単純に原稿が間に合わ」
キョン「もういい長門、大体の事情は分かったから……」
第4話

ひとつ上の…
 三十分ほど製本作業を黙々とこなす。同人誌ってのも結構大変なもんだな。
まぁ泊めてもらう手前、手伝うことにはやぶさかでは無いが、やってることが何か間違ってないか?
 とか思っている内に、早くも作業に支障が……
ハルヒ「みくるちゃん紙折るの遅いから、有希のホッチキスがあまり動いてない」
みくる「ふえぇ、ごめんなさい……」
朝倉「こうしましょう。私はそのまま紙を切って、涼宮さんと長門さんで紙を折って、キョン君と朝比奈さんでホッチキス留めね」
キョン「まぁそのほうが妥当だろうな」

 しかして交代した訳だが……


キョン「うおっ、早ぇぞお前ら」
ハルヒ「朝倉も紙折るのに入ったからね。
三対二じゃ負けるでしょ」

 いや、それ以上に宇宙人二人の速度が尋常じゃねぇ。朝比奈さんの遅さを差し引いてもホッチキスが追いつかねぇっての。
 宇宙人を一人こっちによこせ。
みくる「(カチン☆)あれ? キョンくん、
これ針が出ないみたいなんだけど……」
キョン「ちょっと貸してください。あちゃ、針が詰まってますね。朝倉、カッター貸してくれ。
あ、グリップをこっちに向けて渡せよ」

朝倉「はい、どうぞ」
みくる「えーっと……それじゃあたし、
キョンくんのホッチキスで作業続けますね。
んっしょっと」
キョン「あ、朝比奈さん、俺が取りますから」
みくる「大丈夫です、あっ、きゃっ!」

 無理に手を伸ばして体勢を崩した朝比奈さんは、俺のあぐらの上にダイブする事となった。
 なんかもう色々堪りません朝比奈さん。勘弁してください。

ハルヒ「み・く・る・ちゃ〜ん!?」
みくる「ごごごごめんなさい。
あああたしっ、お茶でも淹れてきますっ」

 朝比奈さんはそそくさとキッチンへと姿を消した。ハルヒが暴れる前に避難するのは懸命な行動だと思います。
ハルヒ「それじゃみくるちゃんの代わりに
あたしがキョンと一緒に作業するわ」
朝倉「あら、それなら私と朝比奈さんが
交代した方がいいんじゃない?」
ハルヒ「なんでよ?」
朝倉「その方が効率がいいと思うわ」
ハルヒ「どうして?」
朝倉「現状を見てそう思わない? 涼宮さんなら分かると思うけれど?」

 ハルヒと朝倉の間に微妙な空気が流れ、それを察して全員の手が止まっている。しかし、何を不機嫌になってるんだハルヒは。
みくる「お、お茶です。どうぞ」
ハルヒ「あんがと、みくるちゃん。
ズズズ……ふぅ」

 朝比奈さんは俺たちみんなにお茶を配って回った。極上のスマイル付きで。和みます。
みくる「あれ、長門さんは……?」
朝倉「さっき部屋から出て行ったけど……
トイレかしら?」

 トイレ? 有機アンドロイドもトイレには行くのか?
と素朴な疑問が浮かんだところで長門が部屋に戻ってきた。

長門「買ってきた」


 長門の手には白いコンビニ袋が下げられている。それを俺に差し出した。
 お茶請け……じゃ無いよな。そのビニール袋の中にはホッチキスが三つ入っていた。 これで全員にホッチキスが行き渡るのだが……
朝倉「なるほど。確かに全員同じ作業をするのが一番無駄が無いわね」
キョン「じゃぁまず紙を全部折って、それからホッチキス留めって事か?」
長門「たったひとつの冴えたやりかた」


第4話外伝


ハルヒ「ほらキョン!キビキビやんなさい。この調子じゃ朝まで徹夜になるわよ!?
あっ、もしかしてこれが修羅場ってやつ?」


 すでに時計は午前0時を回り、カウントダウン状態だ。
 俺が寝るはずだったリビングは作業場と化し、被い尽くす紙束に足の踏み場もない。
 それにしてもずっと同じ作業の単調な繰り返し、……しかもやってもやっても終わらねぇ! いったい何冊作るつもりなんだ!
 朝倉は、これを俺たちに手伝わせようと召還したんじゃないだろうな。

 作業を始めてしばらくは、ハルヒもはしゃいでたんだが……
ハルヒ「あーもう全然終わんないじゃない! あたしこういう作業って、好きじゃないのよね」
キョン「おいハルヒ、
もうちょっと静かにだな……」
ハルヒ「うるさいこのばかキョン!」


 やれやれ。だんだんと様子が怪しくなってきているな……。ハルヒよ、口がアヒルになってるぞ。

 作業は佳境を迎えコピー誌製本過程も最後、束ねた紙をホッチキスで留めにかかる。
 ホッチキスが全員に渡るよう買い足しに行ってくれた長門のおかげで、作業効率はかなり上がっていた。
 だがハルヒは途中からおとなしくなったと思ったら、隣でぐぅぐぅ寝息を立ててやがった!
 ちくしょう、腹いせに顔にらくがきでもしてやろうかと思ったが、とてもそんな余裕はねぇ。
 ハルヒが寝たあとは、みんな黙々と作業に集中する。
 ……あまり面白いものでもないのでその辺は割愛しておこう。

みくる「はぁ……、終わりましたーっ!」
キョン「ぅおお……、一生分ぐらいホッチキス使ったような気がするぞ」
長門「……」
朝倉「みんなありがとう」

 ずっと同じ姿勢だったから腰が痛ぇ……、すさまじく疲れたぞ朝倉。
 長期休暇の宿題も真っ青の作業だったのだが……そんな中において、みんなとのまとまりというか連帯感みたいなものが生まれてくるから不思議なもんだ。
 一人ぐーすかねていた団長様のハルヒだが、……まぁ許してやろうって気にもなる。こうして見ると寝顔も案外可愛いななどと思い、いやいやと思い直す。
 と一息ついていたのだが、……そういや始発って何時だ? うおっ、もう寝てる時間ねぇ。
 通行証のない俺だけ、どたばたと先立つ準備を始めていると……
ハルヒ「ほら、行くわよキョンっ! みんなは少し休んで、あとで会場にて合流よ」
キョン「は? お前通行証持ってるだろうが」
ハルヒ「なによ。一人じゃ寂しいだろうし、あたしもいっしょに並んであげようと思ったんだけど?」


 少しでも寝ていたハルヒは元気なもんだ。って言うか起きていきなりエンジン全開な気もするが。
みくる「ふぁぁ…… あ、待って。今の時間、外はとっても寒いですよ」
キョン「あ、ありがとうございます」
ハルヒ「ほら、とっとと行くわよキョン!」


 小さく可愛らしいあくびをしながら、俺の首に自分のマフラーを巻いてくれた朝比奈さんの余韻に浸る間もなく、ハルヒに首根っこのマフラーを掴まれ、俺はズルズルと引きずられて行った……。
 このままコミケに突入なのか? これでいいのか!?

第5話

あぽー。
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